既存建築の改築における消防法解釈 -空き家等の効果的な利用を図る-
論文梗概
本論は、社会問題である「空きビル」等のコンバージョン(用途変更)における、消防法解釈の問題と新技術導入時の課題解決について論じる。
第1章は、本論の目的と先行研究について述べた。「空き家・空きビル」問題は、建物のコンバージョン(用途変更)を行うことで解決されているが、消防法上の検討すべき問題について触れている。先行研究は、本論の立場と同じくするが、予防消防官の立入検査業務とその現状についての研究成果を紹介している。
第2章は、消防法における「消防用設備」とその「設置基準」について説明している。また、「消防設備士」の制度及び業務内容について述べた。
第3章は、消防設備士が「着工届」を提出(申請)する場合、予防消防官の消防法令解釈の違いにより、施主への設備工事の負担の増加が問題となることについて述べている。
第4章は、予防消防官の「行政指導」と「行政裁量」について述べている。消防設備士が行う、消防申請(着工届)と建築基準法による「消防同意」の複雑な行政上の関係を説明した。
第5章は、近年推進されてきた「消防の広域化」について述べている。広域化による地方の小規模消防本部の体制強化と予防消防官の消防法解釈の統一で、本論での課題解決することを期待したいが、現状では広域化が進んでいない。
第6章では、消防用設備の「設置基準」の強化の歴史を紹介している。大きな火災事故が発生するたびに改正される消防法令とその中で、進歩してきた「新技術」は、消防法で採用されるまで時間がかかっている。しかし、「消防法施行令第32条の適用」により、全国的に実績をあげ、使用可能となった「パッケージ型自動消火設備」の例もある。消防用設備の開発企業による「新技術」で、安全性も担保されているにもかかわらず、各自治体の予防消防官の行政裁量によって採用されず、施主への費用増となった場合を紹介した。
最後に、インターネットを利用したオンラインによるFAQの充実とミーティングツールによる消防法の解釈の統一と「新技術」の積極的な利用を提言した。
1. はじめに
1-1 研究の背景と目的
総務省「平成30年住宅・土地統計調査 住宅及び世帯に関する集計」によると、空き家は848万9千戸と、前回の調査の2013年と比べ、29万3千戸(3.6%)増となっている。また、総住宅数に占める空き家の割合(空き家率)は13.6%と、2013年から0.1ポイント上昇し、過去最高となっている。
また、野村総合研究所のレポートによれば、2033年の空き家数は1995万戸と予想されている。1
1 野村総合研究所2030年の住宅市場と課題~空き家の短期的急増は回避できたものの、長期的な増加リスクは残る~
2 総務省 平成30年住宅・土地統計調査 住宅及び世帯に関する集計
空き家問題の背景として、北村ら(2016)は、「1963年までは総世帯数が総住宅数を上回り、住宅はまだ絶対的に足りないという状況だった。その後、住宅供給が増えストックが積み上がり、住宅市場においてゆとりが生まれてきた。空き家は現在問題視されているが、空き家がないと住み替えができないため、一定数は必要である。」、「空き家率は、1990年代初めには、一旦は頭打ちの傾向を示していた。しかし、その後、再び上昇が加速した背景には、90年代終わり頃から、地方で先行して人口、世帯の減少が始まったことである。地方でも条件の悪い地域から空き家率が高まるようになった。近年では、都市部でも郊外など条件の悪い地域、さらに都心部でも木造住宅密集地などの条件が悪い地域では、空き家率の高まる状況となっている。」と述べている。3
3 北村喜宣・米村秀隆・岡田博史(2016)『空き家対策の実務』有斐閣 pp.1-2
また、空き家以外にも空き店舗、空きビル、空き倉庫、空き地などの「遊休不動産」も数多く存在している。国内における遊休不動産の総数については、総合的な調査は実施されていないため、その実態は明らかにされていない。
このような状況の中で、空き家となった古いホテルや病院等やオフィスビルを一旦取り壊し、新たな建築物を建設する方法もありえる。しかしながら、リノベーションやコンバージョン(用途変更)を行い、新たに再生する事は、社会のより良い空き家問題の解決策であることは論を待たない。
空ビルの改造の際に検討すべき事項としては、消防法以外にも建築基準法(耐震性)などがあるが、本論は消防法における問題点を考える。消防法第2条第2項において、「防火対象物とは、山林又は舟車、船きよ若しくはふ頭に繋留された船舶、建築物その他の工作物若しくはこれらに属する物をいう」と定義されている。この防火対象物に比べ、不特定多数の人が出入りする建物や、災害時要援護者が利用する施設(劇場、ホテル、飲食店、病院、特別養護老人ホーム等)は、「特定防火対象物」として、防火管理や消防用設備などの条件が厳しく規定されている。
例えば、オフィスビルとして使用していた空きビルを用途変更により、「特定防火対象物」にする場合、消防法の適用が厳しくなる。規模にもよるが、ホテルや特別養護老人ホームへ用途変更すれば、スプリンクラー設備、自動火災報知設備、避難設備などが新規に設置する必要がある。
さらに、各部屋に大きな浴室やトイレを設置するため、給排水用の配管や消火用配管が追加で必要となる。スプリンクラー設備を新規設置する場合は、消火ポンプ室と消火水槽も設置しなければならない。都会のビルであれば、よほど規模が大きくなければ、これらは設置が困難であるのが現状である。第6章で述べる「新技術」を適切な法解釈により導入することで、スムーズな用途変更が可能であれば、空きビルを適切な用途に変更し、再度利用することができる。
本論では、このような空きビルの改修時に適用となる消防法とその運用について論じ、効果的な改修方法を法的側面と技術的側面の両面から検討することにする。
1-2 先行研究
本研究と関連する研究はほとんど見当たらなかったが、その中で予防消防に触れている北村(1997)は大いに参考となった。予防消防とは、火災の発生を予防することを目的としており、大きく「査察」と「違反処理」に分けられている。また、火災予防という予防消防の行政目的をよりよく達成するためにはどのような法政策的検討がされるべきかを探っている。この予防消防を行っている部署は消防署の予防係であり、本論で扱う改修時の手続きを行う消防申請の担当者と同じである。大都市やそれに次ぐ規模の消防組織では「査察規定」という文書を整備していることが多いが、中小の消防組織になると、規定がないことも珍しくないと北村は言っている。中小の組織内では人事異動も少なく、ベテランがいる組織では全体にルール共有されやすいために文書化の必要がないとしている例もあった。命令違反に対して告発すれば裁判になるが、「違法でない措置命令」を書く能力がないと語る消防組織がきわめて多かった、と書かれている。特に地方都市の場合は、人手不足や経験不足であるためにマニュアル化や文書化は困難であるというのが現状のようだ。4
4北村喜宣(1997)「第4章 予防消防行政の執行と第一線消防官の活動」『行政執行過程と自治体』日本評論社 pp.1-2、pp.161-162、pp.172、pp.198、pp.206-208、pp.234
また、北村(1997)は、避難誘導灯の玉切れや消火器の本数が少ないなどの比較的安価な場合は、すぐに是正できるが、スプリンクラー設備などの大規模な工事になれば、工事費用も大きくなるうえに、工事期間中に営業ができないなど大きな負担を強いることになる。経済的に無理をしてそれが原因で店がつぶれたとすれば一体何になるのかという認識はかなりの組織で持たれていた、と述べている5。
5北村喜宣(1997)「第4章 予防消防行政の執行と第一線消防官の活動」『行政執行過程と自治体』日本評論社 pp.1-2、pp.161-162、pp.172、pp.198、pp.206-208、pp.234
そして、北村(1997)は、「消防行政は保育行政であって、相手とコミュニケーションをとりながら、いい関係になって、おだてながらでも是正していくのが現状である。」という消防官の証言を紹介している。6
6北村喜宣(1997)「第4章 予防消防行政の執行と第一線消防官の活動」『行政執行過程と自治体』日本評論社pp.206-207
さらに、北村(1997)は、中小の消防組織においても予防消防行政担当者会議をタテマエ論だけではなく、現実を踏まえた議論が積み重ねられる必要があるといえようと締めくくっている。7
7北村喜宣(1997)「第4章 予防消防行政の執行と第一線消防官の活動」『行政執行過程と自治体』日本評論社pp.234
筆者の経験によれば、1997年の予防消防行政の状態と現状とで大きな差はみられない。
北村(1997)が論じている予防消防は、消防用設備の設備等技術基準又は設備等設置維持計画に適合と認められた「後」になされるものであるが、本研究は、空き家等の効果的な利用を図るために、北村(1997)の扱った査察等の予防消防とは異なり、さらにその「前」段階の消防用設備の「着工届」提出から「検査済証」発行における消防行政について論じる。
2.消防用設備と消防設備士
2-1 消防用設備
消防法第1条は、「火災を予防し、警戒し及び鎮圧し、国民の生命、身体及び財産を火災から保護するとともに、火災又は地震等の災害による被害を軽減するほか、災害等による傷病者の搬送を適切に行い、もつて安寧秩序を保持し、社会公共の福祉の増進に資することを目的とする。」と規定する。火災時に、火災の発生通知、早期消火、安全な避難、延焼防止が行われれば、火災による被害を軽減できる。しかし、これら全ての事を公的機関、すなわち消防官により行うことには限界があるため、消防法第17条では、消防用設備等の設置及び維持を建物の所有者等に義務付けている。
これらの消防用設備等は、火災発生時において安全かつ確実に機能しなくてはならない。そこで、消防用設備等の設置に係る工事や整備については、一定の知識及び技術を持った「消防設備士」が行わなければならないと消防法第17条6の2に規定されている。
消防用設備等について、以下に例示する。
図.2-1 1号消火栓(1類)
出典:株式会社横井製作所 ホームページ
図.2-2 自立型送水口(1類)
出典:株式会社横井製作所 ホームページ
図.2-3 水道連結型スプリンクラーヘッド(1類)
出典:千住スプリンクラー株式会社 ホームページ
図.2-4 水成膜泡消火薬剤用フォームヘッド(2類)
出典:千住スプリンクラー株式会社 ホームページ
図.2-5 第三種移動式粉末消火設備(3類)
出典:モリタ宮田工業株式会社 ホームページ
図.2-6 パッケージ型消火設備(1類・2類・3類)
出典:モリタ宮田工業株式会社 ホームページ
図.2-7 自動火災報知設備(4類)
出典:能美防災株式会社 ホームページ
図.2-8 救助袋(5類)
出典:オリロー株式会社 ホームページ
図.2-9 粉末ABC消火器蓄圧式 10型(6類)
出典:株式会社横井製作所 ホームページ
図.2-10 漏電火災警報器(7類)
出典:河村電器産業株式会社 ホームページ
各消防用設備は、用途、延べ床面積、建物の階数、建物の構造等により設置基準が設定されている。
表.2-1 消火設備設置基準表1
表.2-2 消火設備設置基準表2
表.2-3 消火設備設置基準表3
表.2-4 消火設備設置基準表4
2-2 消防設備士
消防設備士は、消防法施行規則第33条の3により、甲種消防設備士と乙種消防設備士の2種類があり、甲種消防設備士は、消防用設備等又は特殊消防用設備等(特類の資格者のみ)の工事、整備、点検ができ、乙種消防設備士は消防用設備等の整備、点検を行うことができると規定されている。
・一般財団法人日本消防設備安全センター(2018)『消防設備士講習用テキスト 消火設備』第27版pp.41、pp.52
表.2-1 消防設備士でなければ行ってはならない工事・設備の種類
また、消防設備士は、消防法第17条の14において、消防用設備等に関する新しい知識や技能の習得および最新の法令基準や設備の不具合に関する情報を得るため、免状の交付を受けた日以後の最初の4月1日から2年以内に講習を受け、その後も講習を受けた日以後の最初の4月1日から5年以内に講習を受けることを義務付けられている。そのことにより資質の向上を図っている。また、消防設備士が消防法令に違反した場合においては、免状の返納命令等の制度がある。
そして、消防法第17条の14において、政令で定める消防用設備を必要な工事をしようとするときは、その工事に着手する10日前までに所轄の消防長または消防署長に「着工届」を届出なければならないとされている。
3.問題の所在
甲種消防設備士が所轄の消防機関へ「着工届」を提出した後、予防消防官により最大10日間で消防用設備の設置内容等を審査される。
「着工届」は、概ね次の書類で構成される。
1.工事整備対象設備等
2.防火対象物・製造所等の概要表
3.消防用設備等の種類に応じた各設備の概要表
4.各設備共通の添付書類
付近見取図
敷地内配置図
届出範囲説明書(増設、改修工事等の場合)
平面図(設備平面図と兼ねることができる)
設備平面図
断面図
使用機器図(検定品を除く)
配線系統図
この審査で、申請した消防用設備の設置内容が消防法の規則内容に適合すれば、着工が可能となる。この時、筆者の経験では、ベテランの予防消防官に比べ、経験の少ない予防消防官ほど消防法を狭く解釈していこうとする傾向が強い。予防消防官は、安全を第一に考えるので、止むを得ないとは思うが、管轄(市町村)の予防消防官の消防法令の解釈の違いにより、消防用設備の設置場所や構成が変わってしまうこともある。それによって、消防用設備の数量も変わり、ほとんどの場合で数量が増加する。例として、高齢者専用賃貸住宅の居室内に設置するスプリンクラーヘッドの数量が、予防消防官の消防法の解釈の違いによって、A市では2個、B市では3個となることも珍しくはない。
さらに、これは「行政指導」となる。すなわち消防法に明記されず、担当者・管轄によって異なる消防用設備が必要となり、施主の負担も異なることとなり、所轄の消防機関の違いで申請者(施主)への公平性が保たれないことになる。
次章以下で検討していく。
4.検討
4-1 行政指導
行政指導とは、行政手続法第2条6号に「行政機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するため特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言その他の行為であって処分に該当しないものを言う」と規定されている。
曽和ら(2019)は、いくつかの法律は、「勧告」や「助言」などの名称の下に、罰則などに担保されない行政指導に法的根拠を与え、その要件等を規定しているとし、行政指導であっても、そこに一定の重みを与え、相手方の遵守を促すことを目的で、法的根拠が置かれることもありうる、と述べている[1]。
[1] 曽和ら(2019)pp.100